ミッチェ移動のお知らせ

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引越しました。
山梨から山梨に。
と、いうのもついに家が完成したからだ。

エミと相談して山梨へ行こうと決意して約2年かかった。それが早かったのか時間がかかったのかは分からない。多分早かった気がするし、一旦甲府に住んだり、事務所を作ったりで、バタバタしてるうちにこの日を迎えたため、あっという間だった。
というかまだあまり実感がない。
住宅ローンというものは、怖いもので銀行の言われるがままに住所と名前を何通もの書類に書いていくだけで、多額の借金を背負うことが出来るのだ。
来月から返済になるわけだがその実感もない。

怖いぜぇ〜

でも裏を返せば条件さえあれば家を持つことが誰でも出来るということ。移住もそう。
ちょっとした勇気があれば。

あと何よりもこの2年で痛感したのは人との付き合いや出会いがどれだけ大切かということ。
もっぱら人見知りで、酔ってないとちゃんと喋る事が出来ない俺にはとても難しいことだけど、まだまだちゃんと出来てないことだらけだけど、エミとも相談しながら少しずつ出来るようになってきた気がする。

まず仕事のクライアントさん含め会社のみんなが俺の移住を受け入れてくれたこと。
山梨の人には俺が何処のどいつか分からないのに仲良くしてくれたこと。
ありがたいよ。
とはいえ一緒に飲みに行けなくなった人もいるわけで。ごめんなさい。必ずかけつけます。

さて、家つくりに関してだが、まず我が家は、スーパーオシャレだ。
自分で言うのもなんだがすごい家だ。
ハイセンス過ぎて今のところ居心地が悪い。
まだソファや椅子がないので、自分が何処に居ていいのか分からない。とりあえず階段に座ってみたりしている。
あと自分の荷物を段ボールから取り出して収納に入れてみたが、収納がオシャレ過ぎて荷物が似合わない。荷物より収納が優っているということが有り得て良いのだろうか。
照明のスイッチも自分で要望したのだが、オシャレ過ぎて何処のスイッチだか、今ONなのかOFFなのかすら分からない。電気屋さんが何処の照明かマジックで書いた養生テープを貼ってくれたが一生覚えないかもしれないので、取ってしまった。

何故こんなにオシャレかというと、我が家は、稲山貴則こと稲山貴則建築設計事務所の稲山さんが設計してくれたのだ。
稲山さんとは、甲府の事務所をシェアしてる加藤さんの紹介で数年前に出会い、稲山さんとこのWEBサイトを作ることから本格的な付き合いが始まった。
そして家を建てることを決意し、何件か工務店に見積もりのプランをもらっていたのだがどうにも予算に合わず、困っていたところ稲山さんに相談したのだ。
我が家が希望する家を伝え、稲山さんのプレゼンや模型を見せてもらった時、俺もエミもすごく気持ちが高揚したことをよく覚えている。こんな家に住みたい!と純粋にそう思ったのだ。
稲山さんは歳も近いし山梨育ちだし色々話しやすいということで、やっと具体的に進み始めたのである。
同じ頃、我が家を建ててくれる巧光建設の奈良さんとも出会った。奈良さんは優しくてチャラチャラした俺みたいな人にも親切にそして丁寧に対応してくれるのだ。それは今でも続いてる。家を作るのに色々な書類や補助金の申請、地域の情報など、細かいところまで相談にのってくれるし動いてくれる。
稲山さんと奈良さん、この二人と出会わなかったら我が家は建っていないだろう。
言いにくいことや困ったことがたくさんあっただろうに連日二人で連携しながら対応してくれていたと思う。
その対応の良さは、自分の仕事をするうえでも見習いたいとつくづく思ったのだ。

さて、我が家の家つくりは、まだ続くのである。ソファや椅子などの家具に加え、何よりも大変そうなのは庭だ。何故なら家より庭の方が広いからだ。
今は、何もしていないので歩くたびに靴がドロだらけになる。ドロだらけのまんま打ち合わせに行くのでクライアントに心配される状況だ。
稲山さんの的確な指示のもと、今出来ることはクローバーの種を満遍なく撒いてみたりしている。ちなみ種は、朝、霜が降りると、霜のせいでグイッと持ち上がり種が地面から浮いた状態になる。これで芽は生えるだろうかと今不安に思っているところだ。

新生活が始まったばかり。4月から娘の保育園も始まるし、家族みんな新しい生活に慣れるところから始めるしかない。これから何十年もここに住むのだし、焦ったって仕方ない。ゆっくりゆっくりやっていこう。
そう思って、我ら家族は山梨に来てやっとスタートラインに立ったのでした。