そう、震災前、あるアパートに長いこと住んでいた。
壁が薄いので夏は暑く、冬は寒い、
そんなアパートだ。
大家さんはアパートの隣に住んでいる老夫婦である。
家賃はいつも手渡しで必ずと言っていいほど
お土産を持たせてくれる。
果物だったりお菓子だったり、極度に人見知りな俺は
ちゃんとお礼を言うことが出来ていたのか
今思えば申し訳ない。
20代の頃、俺は金がなかった。
ご存じの通りサラリーマンだったにもかかわらず
お金がなかった。そう、金遣いが荒いのだ。
”宵越しの金は持たない”そんなフレーズが
大好きだったころ、俺はやってしまったのだ。
”家賃が足りない”

大家さんちに持っていくお金が足りないのだ。
きっと大家さんはいつも通り菓子折りを用意して
俺が来るのを心待ちにしているだろう。
というか普通ならば追い出されるだろう。
そう思うと、「すいません、、
来月分の家賃が足りなくて。。」と
言いに行くことさえ怖くなってしまった。
なんて情けない男だろう。
そして1か月が過ぎた。
1か月間特に何も言わず、
言われず時間が過ぎてしまった。
良心が痛みながらも金を使わず
じっと壁の薄いアパートで大人しくしていたのだ。
それから俺は一世一代の覚悟と2か月分の
家賃を持ち、再び大家さんちに向かい
恐る恐るピンポンを押した。
すると、知らないおじさんが出てきたのだ。
「はい、なんですか?」と、言われた。
「家賃を持ってきました。」と、
びくびくしながら伝えた。
「はいよ」と、俺の2か月分の家賃が
入った封筒を受け取った。
まず”お前は誰だ”と思ったのだが、
家賃を滞納した恐怖にスッとお金を
渡してサッと帰ったのだ。
俺は思った。
「怒られなくて済んだ。」と。
あとで分かったのだが、そのおじさんは
老夫婦の息子だったのだ。
そして翌日、家のドアノブに菓子折りの
入った手提げ袋が下がっていた。
そう、いつもの菓子折りだ。
しかも「いつもありがとう」と、
メッセージが入っている。
お分かりだろうか、近所付き合いが薄れたという、
この大都会にもこんなに心温かい人が
いるのだということを。
そうして俺は大人になっていったのでした。
2015年1月9日