ミッチェ移動のお知らせ

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引越しました。
山梨から山梨に。
と、いうのもついに家が完成したからだ。

エミと相談して山梨へ行こうと決意して約2年かかった。それが早かったのか時間がかかったのかは分からない。多分早かった気がするし、一旦甲府に住んだり、事務所を作ったりで、バタバタしてるうちにこの日を迎えたため、あっという間だった。
というかまだあまり実感がない。
住宅ローンというものは、怖いもので銀行の言われるがままに住所と名前を何通もの書類に書いていくだけで、多額の借金を背負うことが出来るのだ。
来月から返済になるわけだがその実感もない。

怖いぜぇ〜

でも裏を返せば条件さえあれば家を持つことが誰でも出来るということ。移住もそう。
ちょっとした勇気があれば。

あと何よりもこの2年で痛感したのは人との付き合いや出会いがどれだけ大切かということ。
もっぱら人見知りで、酔ってないとちゃんと喋る事が出来ない俺にはとても難しいことだけど、まだまだちゃんと出来てないことだらけだけど、エミとも相談しながら少しずつ出来るようになってきた気がする。

まず仕事のクライアントさん含め会社のみんなが俺の移住を受け入れてくれたこと。
山梨の人には俺が何処のどいつか分からないのに仲良くしてくれたこと。
ありがたいよ。
とはいえ一緒に飲みに行けなくなった人もいるわけで。ごめんなさい。必ずかけつけます。

さて、家つくりに関してだが、まず我が家は、スーパーオシャレだ。
自分で言うのもなんだがすごい家だ。
ハイセンス過ぎて今のところ居心地が悪い。
まだソファや椅子がないので、自分が何処に居ていいのか分からない。とりあえず階段に座ってみたりしている。
あと自分の荷物を段ボールから取り出して収納に入れてみたが、収納がオシャレ過ぎて荷物が似合わない。荷物より収納が優っているということが有り得て良いのだろうか。
照明のスイッチも自分で要望したのだが、オシャレ過ぎて何処のスイッチだか、今ONなのかOFFなのかすら分からない。電気屋さんが何処の照明かマジックで書いた養生テープを貼ってくれたが一生覚えないかもしれないので、取ってしまった。

何故こんなにオシャレかというと、我が家は、稲山貴則こと稲山貴則建築設計事務所の稲山さんが設計してくれたのだ。
稲山さんとは、甲府の事務所をシェアしてる加藤さんの紹介で数年前に出会い、稲山さんとこのWEBサイトを作ることから本格的な付き合いが始まった。
そして家を建てることを決意し、何件か工務店に見積もりのプランをもらっていたのだがどうにも予算に合わず、困っていたところ稲山さんに相談したのだ。
我が家が希望する家を伝え、稲山さんのプレゼンや模型を見せてもらった時、俺もエミもすごく気持ちが高揚したことをよく覚えている。こんな家に住みたい!と純粋にそう思ったのだ。
稲山さんは歳も近いし山梨育ちだし色々話しやすいということで、やっと具体的に進み始めたのである。
同じ頃、我が家を建ててくれる巧光建設の奈良さんとも出会った。奈良さんは優しくてチャラチャラした俺みたいな人にも親切にそして丁寧に対応してくれるのだ。それは今でも続いてる。家を作るのに色々な書類や補助金の申請、地域の情報など、細かいところまで相談にのってくれるし動いてくれる。
稲山さんと奈良さん、この二人と出会わなかったら我が家は建っていないだろう。
言いにくいことや困ったことがたくさんあっただろうに連日二人で連携しながら対応してくれていたと思う。
その対応の良さは、自分の仕事をするうえでも見習いたいとつくづく思ったのだ。

さて、我が家の家つくりは、まだ続くのである。ソファや椅子などの家具に加え、何よりも大変そうなのは庭だ。何故なら家より庭の方が広いからだ。
今は、何もしていないので歩くたびに靴がドロだらけになる。ドロだらけのまんま打ち合わせに行くのでクライアントに心配される状況だ。
稲山さんの的確な指示のもと、今出来ることはクローバーの種を満遍なく撒いてみたりしている。ちなみ種は、朝、霜が降りると、霜のせいでグイッと持ち上がり種が地面から浮いた状態になる。これで芽は生えるだろうかと今不安に思っているところだ。

新生活が始まったばかり。4月から娘の保育園も始まるし、家族みんな新しい生活に慣れるところから始めるしかない。これから何十年もここに住むのだし、焦ったって仕方ない。ゆっくりゆっくりやっていこう。
そう思って、我ら家族は山梨に来てやっとスタートラインに立ったのでした。

あけましておめでとうございます2017。

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Enlight1

今年もよろしくお願いします。
2016年、大変お世話になりました。幸いなことに色々なことが去年ありましたが、振り返るのが大変なので思い返すのはやめました。

さて今年も去年同様良い年にしたい。そうしましょう。

今年の目標は「臭い撲滅」です。
年々歳と共に俺の身体から発する悪臭。
体臭、口臭、加齢臭。。
もはや俺はどんどん腐っている。
ミッチェ腐敗中。

そう、腐敗対策をしなければならない。
そもそも万年鼻詰まりの俺は臭いを探知することができない。ちなみに臭いが分からないので実のところ食べ物の味もよく分かっていないのだ。とはいえ美味しいか美味しくないかは分かる。というかその二択しかない。
繊細な味のバランスが分からないので、大体のものは美味しく感じてしまうという便利な体質なのだ。
ただ、そういったことも見直したい。
ご飯食べて「もしかして隠し味にワイン入れてる?」とか言ってみたい。
そのためにはまず臭いを感じることが大切だ。鼻詰まりを直そう。

あと、寝る前にご飯食べるのをやめよう。翌朝胃が腐るからだ。
なるだけ早く仕事を切り上げ早く夕食をとる。そういうことだ。
遅くまでお酒を飲まない。それも大切だ。
パッと飲んでパッと酔ってパッと帰る。
パッパッパッだ。

あと汗をかくことも大切だ。
健康的な汗。新陳代謝を高めること。
悪玉コレステロールの塊である俺は、時にいや〜な汗をかく。
日頃から運動をして代謝を良くすること。体力をつけて自転車で転んでも骨折しない身体になることが必要だ。
そう、運動をしよう。
ただ足を以前複雑骨折しているので、まともに走ることが出来ないのと、肩が折れてるのであまり負荷をかけることが出来ない。
足と腕をあまり使わない運動ってあるだろうか。。腰周りしか動かせない。股間だけすごく元気だ。股間を動かす運動をしよう。そうしよう。

あとは加齢臭をどうしようか。
“加齢臭 対策”で検索してみると、どうやらストレスに原因があるようだ。
ストレスを溜めないこと、それが加齢臭対策になる。
ストレスを溜めないために効果的な解消方法は次の通りだ。

寝ること。
運動すること。
よく話すこと。
泣くこと。
音楽を聴くこと。
風呂に入ること。
本を読むこと。

だそうだ。
なんだかこれを突き詰めると学生時代の俺だ。
そう、あの頃はよく遊んでストレスなんか感じることはなかった。
社会人になってがむしゃらに働いて、そして身体が腐ってしまった俺は再び学生の自分になるのだ。
学生の頃は社会人に夢を抱いていたのに、いざ社会人になれば今度は学生の自分を目指すなんて皮肉なもんだ。

2017年、俺は無臭になります。
ムシューダ!!!

身体検査。

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さて恒例の人間ドックへ行ってきた。
毎年特段身体に異常はないので、特に心配なことはなかった。
なので、今年もなにか見つかるようなことはないだろうと思い挑んだのである。

朝8時、新宿の検診クリニックへ。
なんと1番乗りだ。
早速着替えをすまし、まずは体重身長などを図る。
特に去年と変わりなし。ちょっと体重が3キロほど増えていた。
そして聴力検査。
何年か前耳鳴りがして左耳が聞こえづらくなったこともあったが、今回は特に異常なし。

そして採血。
針が身体に入るのはいつになっても嫌だが、最近点滴を打ったりする機会があったので、なんてことはない。

そして目の検査。
俺は眼圧検査が異常に苦手なのである。
あのシュッと空気を目にあてられるやつ。
分かっているのに、身体全身がビクっとなるのだ。
もうそれが恥ずかしくて恥ずかしくて。
やっぱり今回もビクッとなった。
イスまでガタンってなった。
結果、やり直しをして2回もシュッとくらうのだ。

そんな辱めを受けた後、超音波検査だ。
内臓を見てもらう。
暗闇の中で。
妙に声の高いおねえさんがベットに横たわった俺の汚いお腹にヌルヌルしたもの塗る。
これが辱めその2だ。
ヘソ毛と乳首から俺は毛が生えている。
絶対おねえさんはそれを見て「きもちわるぅ~」って思ってるに違いない。
普通みんなムダ毛処理して人間ドックにいくのだろうか。。
そんな汚いお腹を機器でグイグイ押されるのだ。
そして、甲高い声で「横向いてください」と言われた。
しかし俺は横を向くことが残念ながらできないのである。
なぜなら肩が折れているから。
「すいません、肩が折れてて横に向けません」と。
「そうですか。」と冷静に言われる。
もちろん折れたてホヤホヤではないが、肩に金属が入っててと伝える。
「じゃあ折れてない方を下にして横向きになってもらえますか?」と言われる。
おねえさんの方を向いて横になりたかったが、壁の方を向くことになった。
汚いお腹の上に、機器の都合上、反対の向きは非常にやりにくそうだ。
おねえさん、ごめんなさい。

次は、胸のCTスキャンだ。
CTスキャンといえば、指輪を外せと言われるアレだ。
俺は早速「すいません、肩が折れてて金属が入っていますが。」と、ドキドキしながら伝えた。すると「それは大丈夫です。」とのことだった。

最後は、胃カメラ。
胃カメラはもう何度もやっているので、なんてことはない。
なぜか俺は胃カメラを飲んでも苦しくなることがない。
食道が広いのか。胃がでかいのか。なんなのか。
とりあえず検査が始まる前に「すいません、肩が折れてるんですが。」と言ってみたが、「あ、特に影響はありません」とのことだった。

全ての検査を終え、検査結果を先生に聞く。
やはり特段異常は無さそうだ。
ただγ-GTPの値が去年より高いとのこと。
γ-GTPといえば、そう、酒だ。
なぜ、数値が高いか、それは明白だ。
検査前日は禁酒なのに、俺はしっかりお酒飲んだからだ。
とりあえず先生にそのことは黙っておいた。
あと、太っているということ。
肥満じゃないが、太っているそうだ。
それ以外、詳しいことは後日郵送で検査結果が届くとのこと。

最後に「そのほか気になることありますか?」と言われたので、
「今、肩が折れています」と、言った。
すると、「そうですか。お大事に。」とのこと。

さすが健診クリニック。骨折程度じゃあいいリアクションをしてくれない。
ちょっとくらい心配してくれてもいいじゃないか。

とりあえず今回人間ドックに行って分かったことは、
俺はすこぶる健康だということでした。

病院は青春で溢れてる!!

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昨日向かいのベッドで女子とイチャイチャしていた青年は今朝、先生に頼んで1日外出している。
「荷物を取りに行かなきゃで」と言っていたが、絶対彼女とデートしに行ったのだろう。

そして、今日は隣のベッドのメガネ高校生を訪ねてくる友達が多い。
そしてみんな言葉使いが悪い!!
基本的な会話はこうだ。
「お前、〜なんだよ!」
に対して
「ふっざっけんなよぉ!」
な感じだ。
なんか楽しそうだ。
会話の中身が基本ない。
ナースものを中心に下ネタをふんだんに盛り込んでチャラチャラしてる。

そしてところどころで、メガネ君は訪れた友達に対して「黙れよぉ」「大人しくしろよぉ」などと言っておそらく俺に気を使っている。

正直に言おう。
俺はどんなに騒いでも何も気にしていない。
むしろいつものように話していてほしい。
むしろ下ネタとか俺も言いたい。
「ふざけんなよぉ」とか俺も言いたい。
「ガチで!」とか俺も言いたい。

でもおじさんは、参加しない。
仕事してる風を装うのが精一杯だ。
酔っ払って骨を折ってるくせに社会人ぽくカッコよく見られたい気持ちがあるのだ。
だからそういう会話を仕事してる風にベッドでパソコン広げて俺は横耳を立てている。

ちなみに大体5対1の割合で女子がくる。女子が来た時のぎこちない会話がたまらなく楽しい。そう、映画「君の名は」を見た時に俺が忘れた青春がここにあった。

大体女子には茶化した感じで話しかけてる、
「おまえは、〜なんだろぉ?」
「違うよぉ♪」
そんな感じで女子も嬉しそうだ。
きっと俺が嫁に同じテンションで声をかけたら、「はぁ?何言ってんの?」って言われる様が目に浮かぶ。
「違うよぉ♪」って俺も言われたい。
そんな風に言ってくれる女性が俺の周りにはもう見当たらないよ。

さあ明日は退院だ。
たくさん嫁と娘にも迷惑をかけてしまったので、なにか恩返しをしないと。
会社のみんなにも助けてもらった。
本当にありがとう。
あとは自分で仕事頑張らないと。ガチで。

骨を折った。

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まさかの酔っ払って転んで肩を打ったらしい。
というのも、残念ながらあまり覚えてない。
ちゃんと風呂に入って着替えて寝ている。
で、朝起きてみれば肩が痛くて嫁に泣きついたのだ。
いい大人がそんなことで骨を折って情けない。。

<入院1日目>

その痛みで、俺はなんとなく病院に行くまでに気がついていた。
骨折していると。
何故なら骨折は5回目だからだ。
この感覚はすぐ思い出した。
そして案の定、病院に行った所即日入院になった。
鎖骨の先端がパックリ割れてる。
先生が手術するべきかどうか悩んでいた。
「普通はここ手術するんだよなぁ。どうしよっかなぁ」と言っている。
普通手術するならやるべきじゃないのか。
俺はそう思ったが何故か悩んでいる。
なので、手術しないとどうなりますか?と聞いてみた。
「腕が上がらなくなるよ。」と先生は言った。
そんなのやだから手術しましょうよと、俺は言った。というか誰だって言うだろう。
しかしまだ悩んでいる。
しばらくして「ちょっと誰かに聞いてくる!」
と言っていなくなってしまった。
だ、だ、だいじょうぶだろうか。。。不安がつのる。
結果明日手術するとのこと。
週明けには退院できるとのこと。

うーん、やっぱり骨折は面倒である。
とりあえず仕事が数日出来なくなるので、各所連絡と引き継ぎをしていかなけばと考えていた。こんな時、会社という組織のありがたみを感じるわけだ。会社の代表である池田さんに電話で「骨折しちゃった。」と言ったところ、即時社員全員へ”宮沢骨折”が伝わった。原因は伝えてないのに「どうせ酔っぱって折ったんでしょ?」と池田さんの電話越しに聞こえてきた。見事にその通り過ぎてなんだか悲しくなってしまった。
ちなみに8年前に骨折した時、会社のみんなには、”ゴミに間違われてゴミ収集車にはねられたんでしょ。”だった。

そんなこんなで入院後仕事関係の方に随時連絡を取った。調整してくれたクライアントの皆様には申し訳ない気持ちと感謝でいっぱいです。こんな俺でも付き合ってくれて嬉しい限りです。
明日は手術。

<入院2日目>

手術当日。
全身麻酔で骨にピンを入れて針金で固定するとのこと。
至って俺は冷静で落ち着いている。
だって全身麻酔だと何も気づかず即時終わってしまうからだ。
で、俺は知っている、骨折で最も痛いのは、手術後の麻酔が切れて切開したキズが夜中痛み出すということだ。それが不安でならない。鎮痛剤をふんだんに使ってもらおう。そう考えていた。

そして手術が終わった。
自分からしてみればあっという間だ。
やはりキズ口が痛い。
看護婦さんが「大丈夫ですか?」と聞かれる前に「鎮痛剤ください!」と言った。
あとはジッと時間が過ぎるのを待つだけである。
長い夜を自業自得という思いと共に反省の念を持って越すのである。

<入院3日目>

俺は今、傷が塞がるのをのんびり待っている。

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4人部屋の病室に3人男が入院している。
向かいのベッドは大学バスケで膝を脱臼骨折したそうだ。もうこれを機に引退するとのこと。「もう引退ですね」とつぶやいた彼の声には、輝かしい未来への旅立ちとある種の諦め等、いろんな意味がこもっていたんだと思う。

右側のベッドは、先ほど手術が終わった高校生で普段サッカーをやってるそうだ。彼も膝をケガしたようで全身麻酔が心配だったのかお母さんがシクシク泣いている。

あとこの部屋には、酔って転んで骨を折ったおじさんがいる。

お分りだろうか。
酔っ払い骨折というどうしようもない人間過ぎるこのおじさんの居心地の悪さを。

しかもこのおじさんは、ちょっと偉そうにしている。何故なら5回も骨折した骨折のプロだからだ。彼らの痛みは、よく分かる。心の痛みは分からないが。
術後の全身麻酔で尿管がきもちわるいのも、傷がふさがってからのリハビリの大変さも十分知っているのだ。
だから少し偉そうに「鎮痛剤もう少しください〜」と看護婦さんを呼びつけているのだ。
そう鎮痛剤があれば骨折なんてなんのこともない。でも全然看護婦さんが鎮痛剤持ってきてくれない。夕方でもいい??と聞いてくるが、痛いなあ〜早くほしいなぁとごねてみる。するとやっとのこと、鎮痛剤を持ってきたのだ。鎮痛剤最高!もう退院したい!そう思ってるが、まだダメなようだ。

そう、暇である。
傷口の関係でまだ退院出来ないそうだ。
もうパソコン作業は問題無さそうなので早速遅れた仕事に取り掛かるべし。
そうして同室の彼らに社会人ぽく見られるんだ!

VEJ山梨オフィスオープン。

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甲府に移住してから約5カ月。物件探しから約半年。やっとこの日を迎えた。
改めてお越しいただいた方々、ご協力いただいた方々、VEJのみんなそして加藤さんおつかれさまとありがとうございました。

昨日、一人新しいオフィスへ朝出勤。掃除機をかけ、トイレを磨き、シンクをキレイにしてゴミをまとめた。
東京の頃は後輩スタッフが毎日掃除をしてくれていたため俺には新鮮なことだった。新鮮というかほとんど初めてだ。なぜかVEJに新卒で入社してからあんまり掃除というものをした記憶がない。気がつけば社長の池田さんがやってた気がする。
そう、そういうところからまずは、始めなければならない。普段一緒にいたスタッフに改めて感謝の気持ちが芽生えた。

さてもうPCとネット環境がバッチリなので早速仕事に取り掛かる。
とても快適だ。西日が背中に突き刺さること以外は。
甲府は、まだ暑い。
あと、レセプションのゴミが臭い。
暑いなあ、臭いなあ、と思っていたところ、ヤマトの人が突然入ってきた。
俺は思わず「わー!」と声が出てしまい恥ずかしかった。そう、臭いから入り口の扉を開けてたのだ。
それからオーナーさんが入ってきた。
俺は「うおー!」っとまた声が出てしまった。どうも集中していると突然の出来事にビックリしてしまう。出社初日俺はもう心臓が止まりそうだ。

しばらくして1階でタバコを吸っていると、建築家の稲山さんが訪れてくれた。レセプションで配ったガイドマップをいくつか欲しいとのことだったが、残念ながらもう在庫がない。近々増刷する予定なのでまた改めてということになった。話をしてる最中俺はずっと「VEJの事務所ゴミ臭いなあ、臭いなあ」って思われてないか心配していた。ちなみに俺は臭いなあって思っていた。

さあ、それから昼飯だ。今日はパスタを食べたらクセになると噂の「楽」へ行こうと思っていたところ、道端で「発酵酒場かえるの寄り道」の店主桑本さんに遭遇した。桑本さんはたくさんのトマトを抱えていて「ひとついります?」と言ってくれたが、山梨っぽいなあと思いながら丁重にお断りをした。

楽は、評判通り美味しかった。また行こう。明日行こう。
それから再び仕事を再開。今は5つくらいサイト制作を並行して作業している。疲れないようそれぞれ満遍なく作業していたところ、「こんにちは!」と先ほど会ったかえるの店主桑本さんが日本酒を持って訪れてくれた。
俺は再びビックリして身体がビクついて小さな声が出たが、それを悟られないように対応した。これが順応だ。

それからビックリして椅子がガタン!となるのが嫌なので立って仕事することにした。
あと西日がズレてきてモニターに光が反射してほとんど画面が見えなくなってきたとうこともある。いろんな角度から仕事を始めた。
すると、LANケーブルのつけ直しに電気屋の平尾くんが来た。
やっぱり俺は「おぉ!」と声が出た。
ダメだ。昔からおばけ屋敷とかビックリするものが苦手なのだ。突然の事態に対応が出来ない。。
入り口を閉めればいいけど、ゴミが臭いしなあって思いながら、ゴミを捨てに行けばいいことに気づいた。そう、もう夕暮れだし一度家に帰り車でゴミを数袋全部回収した。

そうして出勤初日を終えたのでした。
なんだかとても疲れたが、充実した1日だったように思う。あまり仕事は進んでないけど。。

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GO TO FUJIROCK.

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今年もフジロックでVJすることができた。2013年のGOMA & The Jungle Rhythm Section、2014年ROVO and system7に続き3度目である。そして恒例のDJ マイケルJフォクスにもついてきてもらった。今年は奥さんのちゃんくまも。そして何気に北澤さんも毎回一緒だ。今回に限っていえば北澤さんオファーである。D.A.Nは昨年から定期的に渋谷WWWを中心にVJ参加させてもらいデビューとなるリリースを経て急成長し共にステージをトライアンドエラー繰り返し作り上げてきた。ある種大きな分岐点であるフジロックに参加できた事はとても嬉しいと共にやりがいのある機会だったのだ。

北澤さん、WWWのスタッフ含め本番前の緊張感は良い雰囲気を醸し出していた。
そして俺はこの大舞台に二日酔いで挑んだ。
前日、山梨にて最近とてもよくしてもらっている味噌屋6代目の五味さん紹介で甲府のデザイン好きが大集合する会に参加させてもらっていた。案の定、緊張と人見知りのダブルパンチにより酒の浴びるように飲んでしまった。それはそれは楽しかったのだ。

そう、フジロック当日マイケルをピックアップするため前橋へ車で向かうのだが、一向に前橋へつかない。。走った事のない山道をひたすら走る。小雨の中、トラックの後ろをピッタリとついていき、全く人の気配がしない集落を抜けていく。なんだかとても怖い気分になっていたのだ。道の駅に到着すると、駐車場には俺の車一台だけ。用をたすためトイレを開けると、前屈み過ぎて前が見えないんじゃないだろうかという人がトイレ内をウロウロしていた。そして個室のドアを開けるとカギもかけずおじさんがこっちを見ていた。「すいません!」と言いながら俺は隣の個室に入った。
どうやら俺はバイオハザードの世界へ迷いこんでしまったようだ。
圏外の道の駅、何処からきたか分からない人々、抜けない酒、俺はフジロックへたどり着けるのだろうか。そんな不安は抱えながら何故か800円も払う有料トンネルを抜け、秩父の街並みにたどり着いた。
秩父は免許合宿で行ったことのある街だ。ようやく気持ちが落ち着いてきた。程なくして4時間、やっと前橋でマイケルと合流した。
しかし俺は意識が朦朧としている。食欲もない。マイケルとの会話もいまや覚えていない。どうやらそのままフジロックについてもしばらくの間、俺自身もゾンビになっていたようだ。
そう、D.A.Nの本番は夜中12時前、だいぶ意識を取り戻した半ゾンビミッチェは、良い感じの緊張感を持ちながらリラックスした気持ちで挑むことが出来た。

D.A.Nを見にレッドマーキーまで来てくれた友達、スタッフ、そしてD.A.Nのメンバーみんなお疲れさまでした。そして良いライブになった事、本当に良かったです。
次は9月WWW2号店WWW Xにて再びD.A.N.のVJで参加します。さらなる進化を遂げるD.A.N.を見に来てくださいまし。

バットマンのバットガールを着たグッドボーイ

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昨日近所の公園で、一人バットガールのジャージを着た小学生が嫁に声をかけてきた。
「その滑り台は止めた方がいいよ。濡れてるから」と。
なんて親切なんだ。
しかしうちの娘は滑り台が大好きなのでおかまいなしに滑る。
しかも滑り台は濡れてなかった。
とはいえ少年の親切心には驚かされる。

それから嫁が「そのジャージカッコイイね。EXILEみたいだね。」と声をかけた。
すると少年は、「EXILE知ってるの?」と返した。
EXILEは、知ってる。なぜなら国民的なグループだからだ。
それから彼は目を輝かせながらEXILEを語り出した。
EXILEの弟分っていうのもいるということ。
ランニングマンという踊りがあるということ。
彼にとってEXILEは憧れの対象なのだ。
こんなに彼をキラキラさせるEXILEが心底すごいと俺は感じた。
そういう意味では俺はEXILEのことを知らなかった。彼に教えてもらったのだ。
いつか彼がバッドガールじゃなくて本物のEXILEジャージが着れるようになることを心から望むのでした。

あ、そうそう、それからから電車に乗るためチャリで駅へ向かう途中、福山雅治おじさんとすれ違った。
そしてすれ違う瞬間、
「お!学生!2、3分ちょっといいかな?」
と、声をかけられたが、電車に乗り遅れそうだったので、「ごめん、時間がないんだ。」と、丁重にお断りしたのでした。

俺は福山雅治じゃない。

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そう、山梨に引越した。
なぜ山梨なんだということを聞かれるが、学生の頃から飲んで夢を語る事に「山梨に住みたいんだ」ということを言ってきたので知ってる人は知ってると思う。

一番の理由は、小淵沢におばあちゃんがいたということ。
だから幼少時期から夏休み、冬休み、春休みと全ての大型休みにおばあちゃんちへ行っていた。
そこで見た景色や環境が強く印象に残っているのだ。八ヶ岳の荘厳さ、南アルプスの猛々しさ、川の水の冷たさ、夕方になればどこか不思議な雰囲気、夜は真っ暗闇の怖さと星空のキレイな空気、そしておばあちゃんの暖かさだ。
もうおばあちゃんは亡くなってしまったので会うことは出来ないが、この場所にいつか自分も身を置きたい、そう思っていたのだ。具体的にはそれからまだやりたい事があるのだが、それは順序追ってからやっていきたい。

ただ山梨に行くということは、自分がもっと年齢を重ねてからかなあと思っていたが、このタイミングでまずは甲府へと決断した。
その理由として、「日本死ね」問題にもなってる子供のこと、あと自分の仕事のこと、そして隣人問題。

仕事に関しては、もう2年前から社長に「山梨に行かせてほしい」そう伝えていた。
完全に身勝手な理由だが社長の池田さんは真剣に考えてくれて、かつその移住を会社として活かせる形を模索してくれたのだ。
俺自身としても今までの仕事を続けたいし、仕事をくれているクライアントを裏切るようなことは、まずしたくない。だから今までと変わらない形を実現させるにはどうするべきか考えてきて、様々な検証を行い、今も継続的に実験を繰り返している。
「まずは行ってやってみないとわからない」これは、今までも新しい技術に取り組む時もそうだったが、実戦で覚えるタイプなので準備はしたものの、今こうして甲府へきたのだ。
仕事に関してはそう、これからVEJ山梨支社として事務所準備という大きな目標がある。それに向かってやったことの無いことにチャレンジするのだ。

あとは震災以降少なからず自分と家族のことを考えてきたつもりだ。
世の中なにが起こるかわからない。
もしそうなった時、家族を持つ身として自分の人生はこれで良かったと言えるような状態に少しでもしておきたい。そう、考えるようになった気がする。そのためにはまず自分は何が出来る人間なのか、それを再確認すること。それはVJをする面でも制作をする面でも生活をする面でもとても大切な指針になっているような気がしている。だから甲府へ移動するという決断も出来たのだろう。

そんなこんなで甲府に来て2、3日が過ぎた。やっと少し部屋が片付いたが、なんだか合宿に来ているような感じだ。

そして気づいたことがある。
甲府は車があればとても便利だということ。
スーパー(オギノ、いちやまマート)もホームセンター(ケイヨーデーツー)、電気屋(コジマ、ノジマ、ケーズデンキ)、イオンモール、スタバもマックもデニーズもジョナサンも、そしてコメダ珈琲も全て15分圏内にあるということ。とても助かる。

あと、まだ飲みに行けてないのでどんな飲み屋があるかとても楽しみにしている。いつか友達がきたら紹介できるようなそんな飲み屋に行ってみたい。

それと今朝、近所の公園で初めて地域の人と話ができた。
大きな荷物を持った片足びっこ引いたおじさんだ。
「おはよう!可愛いねぇ」そう、遊具で遊んでいた娘と嫁に話しかけてきた。
「おはようございます!」俺は返事をした。
するとおじさんは、
「あら!お父さん、福山雅治にそっくりだ!」そう、言った。
俺は福山雅治に似てると言われたことが産まれてこのかた一度もない。
続けて嫁に対し、
「お母さんも美人だ!前田敦子にそっくりだ」そう言ったのだ。
エミは、顔が長くて背もでかい。前田敦子と真逆だ。
俺はとてつもない警戒心を発した。
だがおじさんは気にもせず27年間中華料理屋で働いていたことなどを話してくれた。
こういった場合、嫁は切り返しがうまい。
人見知りの俺は黙るだけだが嫁は軽快に会話をさばいていく。
そうしておじさんは去っていったのだ。

おじさん、俺は福山雅治じゃないけど、頑張っていくよ。

身体メンテナンス

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最近、ありがたいことに忙しい。
年度末というのは、毎年この時期バタバタするのだが、今年も忙しくさせてもらっている。
稼げる時に稼ぐ!
そういうことだ。

Processed with VSCO with m3 preset

ただちょっと体調がよろしくない。
常に眠いし寝れない。
結果、集中力が欠けてしまうのだ。
これは良くない!
ということで、今日、一人、大好きな万葉倶楽部へ来たのだ。
万葉倶楽部をご存知の方は、わかると思うが、温泉総合施設である。
そう、俺の目的はリラックス。そして、マッサージ。そして快眠。
これをゲットしにきたのである。

しかし日曜の昼間に男一人というのは寂しいものである。誰か友達を誘おうと思ったが、これは癒しの旅であるので、何にも気を使わないことを考えると一人がいいと言い聞かせ向かったのだ。
だが、来てみるとどうだろう、家族とカップルで溢れかえる館内。
特に今この日記を書いている屋上足湯庭園では、若いカップルでごった返している。

しかし俺は気にしない。
何故なら癒しを求めてここに来ているのだから。
熱々のドキドキの「このあと、夜になったらどうする?」的な恋愛感など俺には何も影響を及ぼさないし興味がない。だから自信を持ってカップルの間で足を足湯に突っ込んで、スネ毛をさらしている。
強いて言えば家族連れを見ると、嫁子供と来たいなあとは思う。
でもまだオムツの取れてない娘とはなかなか難しいものがあるのだ。

先ほど、温泉に浸かり、マッサージを終えた。
約2ヶ月ぶりのマッサージである。
先述の通り、身体がボロボロである。
具体的には目、首、肩だ。
特に眼精疲労は、慢性化し目眩も伴う。
それを少しおでこの広いお兄さんに伝えマッサージを開始してもらった。

しかしマッサージというものは、未だに慣れない。
まず顔を埋めるあのベッドの穴。
あの穴は、どこを穴に持っていけばいいか分からない。
目を穴に持っていくと、下アゴが突っかかる。そして喋れない。口を穴に持っていくと、目が押し潰される。目が痛い。
だからバレないようこっそり交互に配置を変えたりしている。
俺は人より顔が長いのでこの問題は俺にしか発生していないのかもしれない。
そんなこんなで、全然集中出来ないのだ。

でもデコ広先生は丁寧に俺の背中を押してくれる。
左の背中が曲がっているとのこと。
そして、首や肩よりも腰が悪すぎるとのこと。だから腰を重点的にやりますとのこと。
腰は俺、痛くない。
でもデコ広が言うなら間違いないだろう。

しばらくすると、左側から
「あぁ、、、あ、、、ぁあ、、きもちいい、。。」と、気色悪い喘ぎ声が聞こえてきた。
俺の左側で施術を受けるおじさんである。
「あーーーーー、あーーー、あー、き、も、ち、いいーーーー」と、いう調子でずっと声を出し始めた。
本当に気色悪いのである。
抑揚のあるその声は、気になってしょうがない。しかもそのおじさんを施術するのは、おばさんだ。
おばさんが無言なのがさらに気色悪い。
別におばさんだから良くないってわけじゃないが、目に見えない状況で、その声を聞くとどうしても危険な情事にしか聞こえない。
なんだか俺の肩が凝ってきた。
これが正しいマッサージのリアクションなんだろうか。

そう、あとマッサージで慣れないのは力加減を上手く伝えられないのである。
必ずと言っていいほど、「力加減どうですか?」と施術する先生は、聞いてくれる。
その都度、「ちょうど良いです♪」と、答えるのだが、本当はメチャクチャ痛い。
身体は、ビクつくほど痛い。
もう揉まないで欲しいって思うくらい。

何故かというと、痛いくらい我慢するのが男だという変なプライドが邪魔するのだ。
これは歯医者でも同じだ。
今回、施術する先生が男性なだけまだ良かった。痛みにビクつく俺の身体は、とても女性には見せれない。万が一そんなことがあればトラウマが増えるだけだ。

そんなこんなで70分ボディケアコースが終了した。
そう、色々考えていたらなんだか疲れてしまった。

なのでもうあと50分、今度は頭と足ツボマッサージを受けることにした。

これがめちゃめちゃ良かったのである。
施術は、座ったまま受けれる。
しかも俺が辛い首、肩、目をダイレクトに刺激してくれるから気持ちいいのだ。
そうそうこれである。
ちなみに足ツボは、少しやったら激痛だったので、すぐ止めてもらった。
我慢どころではないとそういう判断も俺は出来る。

そんなこんなで、あとひとっ風呂浴びて帰ろうと思う。
最後に分かったことは、何故か少し背が伸びた気がするのと、今度は家族と友達とみんなで来ようと思ったのでした。

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15YEARS

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VEJ主催「15YEARS」にお越し頂き本当にありがとうございました。
来れなかった人もYOUTUBE LIVEで見てくれた人も初めてVEJを知ってくれた人もありがとうございます。

終わった。。
なんかこれでやっと年越しした感じ。

本当に本当にVEJの人に限らず色々な人に手伝ってもらって実現することができました。

まずは我らがBAYONレーベル主宰北澤さん、そう北澤さんの協力からこのイベント告知方法を学んだ。我々、webや映像を作り出すことが出来るけど、それを売り込む方法を知らない。だから北澤さんみたいな人が必要なのだ。リリースのタイミングから文章の作り方を打ち合わせて世の中に発表することが出来た。

そして今回とても安心したのが舞台監督として入ってくれた小山さん。小山さんは昨年、銀河劇場で行われたエリーさんのイベントでも舞台監督を務めてる。なのでライブの段取りからライブペイント用のキャンパス作成や本番対応などなど、本当に頼りになった。というか、小山さんいなかったら実現不可能だっただろう。

あと、ワッシーさんが名古屋から駆けつけてくれたのは嬉しかった。ワッシーさんには名古屋に行くたびに俺の現状報告をしていて、VJだったりwebの仕事をよく聞いてくれていた。だからこの節目のイベントにそして一緒に体感できることは本当に嬉しい。残念ながらまだちゃんと描き上げてくれた絵を見れてないけど、それはこれからの楽しみとして取ってあるのだ。

そして我らがnego。
もう今回negoのメンバーには甘えっぱなしで、好き勝手にやらせてもらっちゃった。でもね、このWWWでnegoをやりたくてやりたくてずっと思っていたのだ。
それが実現できたことがなにより最高だった。
そしてPAにはナンシー。
昨年なかなかナンシーと一緒にライブが出来なかったけど、この節目になるライブを一緒に迎えることができて、そして最高の音を出してくれてうれしかった。
「これがnegoです!」というものがお見せできたと思う。

そして次に出演してくれたエリーさん。
エリーさんとは最初、誰かミュージシャンをブッキングして一緒にやってもらおうと画策してたけど、俺の力不足でモジモジしてたところエリーさんから「ミッチェ一緒にやろうよ。」と言ってくれたのだ。実は以前、「モンブラン国際文化賞2012」の授賞式でエリーさんと映像とペイントの融合をやったことがある。これがエリーさんのペイント初挑戦だったと思う。それ以来の実現だ。
そして音楽にはDJマイケルにレイハラカミ縛りという難題を投げかけ挑むことができた。なぜハラカミさんかというとエリーさんの思いもあるが、俺個人的にもずっとハラカミさんのWEBサイトを管理してて、残念ながらあの時から更新は止まっているが、そう、ハラカミさんの音でやってみたいという思いがあったのだ。
そして本番、思った以上にいい感じに映像とペイントがマッチしてしまった。エリーさんはどんな絵に仕上がってるか分からなくなってきたと言っていたほど。それからエリーさんは自身でペイントを進めるわけだけど、さすが数多くライブペイントをやってきただけあって、色使いも構成もそして暖かい絵に仕上がったものはさすがだと思った。
緊張してただろうに、お客さんを絡めながら会場全体をいい雰囲気にしてくれたのは本当に望んでいた以上のステージにしてくれて感謝感謝なのである。

そしてあら恋。
池永さんとはご近所と言ったけど、それ以前にnegoでの対バンで知り合い、そしてロカペニさんとの出会いもあら恋なのだ。
今でも忘れないけど、VJとして憧れをもっていたロカペニさんに外見がイカツイので、全然話しかけれなかったけど、ライブの打ち上げで紹介してもらう機会があった。それから話がトントン拍子に進み、2011年あら恋のWWWワンマンにVJミッチェとロカペニスが実現することになる。
それから3年、まさかロカペニさんと一緒に働くことになるとは思っていなかったけど、今では毎週飲みに行くようなVEJメンバーだ。
そう、それ以来のダブルVJでのあら恋ライブ。
今回、「15YEARS」というテーマに合わせ組んでくれたセットリストは、ほぼ新しくリリースされるアルバムからの曲で、ある種懐かしいVJ演出ながらもネクストステップに進むあら恋のライブを一緒に体感することができた。
またあら恋とは、4月9日同じWWWにてVJ rokapenisとmitchelは出動するので是非見に来てもらいたい。

ライブの最後は、旅人さん
まさかの右腕骨折。
その過酷な状況にも関わらず最高のライブをありがとうございました。
もうこのイベントは、旅人さん無しには実現出来ないと思っていたので、一番最初にオファーさせてもらった。
旅人さんとは、DIY STARSの立ち上げから一緒に色々なウェブサイトを作ってきた。その都度、旅人さんは俺に感謝してくれるのだが、それでも「いつかVEJにお返ししたい」と言ってくれていた。もう十分お返しもらっていますと思っているのだが、この15周年というVEJの節目に旅人さんに出演してもらうということ甘えさせてもらった。
そして、旅人さんにはもう一つお願いをしたのだ。
旅人さんとVJとして一緒にやりたいということ。
昨年の旅人さんの特殊ワンマン「兵士A」でひらのりょう君と作ったライブに衝撃を受け、VJとしてじゃあ俺が旅人さんとやるなら何ができるのかすごく考えた。
それは今までVJとしてやってきたこと。
俺がVJとして大切に思ってる事。
俺は映像作家でもなく、自分の作品と呼べるものもない。
でもライブが好きで、音楽に合わせて映像を出すのが好きで、ミュージシャンが実現したいということを形にしてきたVJだ。
じゃあ自分自身にあるものはなんだと言われれば、俺はただのサラリーマンで、普段の生活があってそして家族がいる。至って普通の人間であるということ。
それをVJとしてやってみたいということで、旅人さんにお願いしたのが、最後に演った「15YEARS after」なのである。

15歳の娘に手紙を書いた。
つたない文章で。
そう、それを旅人さんに渡して、これに音をつけてください。
これが最初に旅人さんにお願いしたこと。

そしてライブで、旅人さんが俺の手紙読み、そこに文字と映像をVJとして、
その場で即興で折り込んでいく、そういうライブができた。
収録したこのライブを15才になった桃子に見てもらって、俺と旅人さんで作った作品は完結するのである。

もう旅人さんには感謝しかない。
だからこれからも旅人さんがDIY STARSでもそうじゃなくて、俺は感謝の念を持って一緒に色々なものを作っていきたいと思っているのです。

そして無理難題を実現してくれた里道さんはじめWWWのみなさん。
ありがとうございました。
今年、2号店の開店含め今後ともよろしくお願いします!!
VEJとしても個人的にも!

最後に来てくれたお客さんやクライアントの皆さま、そして僕の友達、
あまりお話しできなくて申し訳なかったけど、一緒にこの15年という節目を
迎えることができてうれしかったです。ありがとうございました。
あと、想像以上に日本酒「緑川」がおいしかったせいか、ベロベロに酔っぱらってもらって、打ち上げでも楽しそうにしてくれてよかったです。
ほとんどステージ側にしかいれなかったけど、エントランス含めラウンジでVEJメンバー総出のおもてなしに満足してもらったかと思います。
本当にこのイベントをやってよかった。そう、酔っぱらってるみんなを見て思いました。

イベントテーマ「15年」ということだけど、
20歳から今まで自分の15年は間違ってなかった、
この15年を経て今の俺がいますと言い切れる日になりました。

最後に、今年、俺は東京を離れます。
第2の人生が待ってるわけだけど、その前にこういう機会があってよかったです。
VEJのみんなに感謝しつつ、これからのVEJそしてミッチェをよろしくお願いします。

15年。

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vej15
僕が所属するVEJが15周年を迎えます。WEBの制作会社としてはなかなかの老舗なんじゃないでしょうか。僕自身もVEJに所属して13年になります。13年間ずっとがむしゃらにWEBサイトを作り続けてきました。もう携わったサイトは1000件優に超えているでしょう。

そう、なかなかこの経験というものは誰にも譲れないモノで、必ず今の仕事に活かせてると信じてるわけです。
VEJのメンバーにとっても同じことで、それが会社として15年やってこれたということ、自分達でも改めて振り返りつつ自覚しながら、そしてこれからもさらに頑張り続けていくという意味を込め、社長池田さんの声かけの元に一つの節目として来年1月20日に渋谷WWWにてアニバーサリーパーティを開催することになりました。

VEJの15周年パーティですが、一般のお客さんも含めた音楽中心のライブパーティです。テーマはもちろん「15年」。
来てくれた人がそれぞれ自分なりの”15年”を感じてくれればと思い、色々な内容を盛り込んだ企画になるので、是非予定を空けて来てくださいませ!また詳細は追って!

2016年1月20日水曜日
「15YEARS」VEJ 15th anniversary
@渋谷WWW

http://www.v-e-j.com/15years/

<料金>
adv.1500+1D / door.2000+1D

<出演者>
act:
◆七尾旅人
◆大宮エリー
◆nego
and more!!

VJ:
◆VJ mitchel(VEJ)
◆VJ rokapenis(VEJ)

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